Star in my mind 前編(バンドリ・みさここ二次創作)
「美咲ーーーーーー!」
「うわびっくりした!なに......どうしたの?」
「美咲、私ね、結婚することになったの!」
「......え?」
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夏。何もない景色、と言ったら失礼かもしれないけれど、見渡すばかりに立ちはだかる緑の中で延々とバスに揺られ続けている。かれこれもう2時間くらいになるだろうか。
「あぁ......なんて儚い景色なんだろうか」
「薫さん、それ5分に1回は言ってますよ」
1時間前までバスを所狭しとはしゃぎ回っていたこころとはぐみは肩を寄せ合って眠っている。どうしてこんなことになったんだか......
「確かにびっくりしたよね......急にこころちゃんが皆を呼び出して『明日は流れ星を見つけに山を登るわよ!』なんて言い出したから......」
「あ、いま心の声が出てました?」
「え......心の声だったの......!?ごめんね美咲ちゃん、聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいで......」
「いやいや、そういう訳じゃないんですけど......」
「あぁ......儚い景色の中で聞く儚い心の声は、なんて儚いんだ......」
「さすがに希釈し過ぎでしょ......」
確かにこころはバンド活動をする前に流れ星を見つけに山に登る話はしてた。それが今日になるとは誰も思って無かっただけで。もちろんこころに対しては予想することが無駄な心構えなんだけど。
「黒服さん、あとどれ位で着くんですか?」
「はい、奥沢様。もうすぐ高速を抜け市街に入り、それからまた1時間程かければ目的地である『龍の滝』に着きます」
「龍の滝......?」
「おや、龍の滝を知らないのかい?」
「薫さんは行ったことあるんですか?」
「いや、無いよ。ただ、きっと美しく儚い所だよ......」
「薫さん疲れてます?」
「瀬田様、宜しければ此方から車内でも安眠できるピロー等を貸し出しますが如何でしょうか?」
「是非お願いするよ」
承諾したと同時に黒服さんに差し出され設置される車内用安眠枕。適度に下げられるリクライニング。目にも止まらぬ速さで薫さんが眠りに引きずり込まれていく。
「あぁ......」
そう言って薫さんは目を閉じ、何も話さなくなった。そこに確かな儚さを感じさせながら。
「......みんな寝ちゃったね、美咲ちゃん」
「いつも通りの3バカでしたからね。はしゃいだ順番で眠るのもいつも通りって感じですよね」
「私達も眠っとこうよ。着いたら多分山登りになるから......」
「そうですね、着いて行けなくなって山の中に取り残されちゃったら大変ですしね」
言い終わった瞬間に黒服さんに設置される車内用安眠枕。下げられるリクライニング。ここまで手際良く来ると少し眠りも暴力的に感じる。
(あ......でもめちゃくちゃ気持ちいいなこの枕........)
トンネルに入った。微睡みに引きずられていく。もう立て直すことが出来ないことを身体も受け入れてる。
(そういえば......こころの寝顔......薫さんの家以来だな......すごく......無防備で......)
ボヤけていく視界の中でその儚さは闇に呑まれていって、私は考えることをやめた。
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「ねぇ、こころ」
「どうしたの美咲?」
見渡す限りの真っ白な空間。そこに私と彼女の2人がいる。
「いつも私を笑顔にしてくれてありがとう」
「当然よ、だって私はみんなを笑顔にする為にいるんだもの。美咲の事だって笑顔にするわ」
少しずつ黒くなる空間。私は何かに急かされるように、彼女を強く抱きしめる。
「ねぇ、こころ」
「どうしたの美咲?」
「すごく、すごくワガママかもしれないけど、今は私を、私だけを......」
「美咲ーーーーーー!」
「うぇっ!?えっ?えっ?」
私を席の横から覗き込むいつものメンバー、唯一正面に立ちはだかるのは弦巻家の御大、こころ。
「目的地に着いたわよ!目を覚ましなさい!」
「あっ、えっと、ごめんごめんすぐ準備するよ」
「みーくんがうなされてたからみんな心配してたんだよ?」
「えっ?私何か言ってた?」
「私だけをどうすればいいの美咲?」
最悪だ。あんな変な夢を何故こんなとこで見て、更に口走ってしまうんだろう。
「......私、他に何か寝言言ってた?」
「いや、それだけだったよ。それより美咲、君の寝顔は本当に儚い......」
不幸中の幸いだ。少しだけ安心する。フォローはしても嘘はつけない人達だから。強い視線を花音先輩から感じる。見ると、(美咲ちゃん大丈夫かな......また何か自分だけで悩みを抱えてるんじゃ......私がしっかり話を聞いてあげないと!)とでも考えていそうな表情をしている。後でフォローしとかないと。それにしてもキモいキモいキモい。何でこころとのあんな夢なんて......
「それで、美咲だけをどうすればいいの?」
「あー、いやいや、それより着いたんでしょ目的地に!これから山登り楽しみだよね?」
「そう!すっごい楽しみ!こんなに緑に囲まれたのはぐみ久しぶりだよ!」
「そうね!山を登って、そのまま必ず流れ星を持って帰るわよ!」
「流れ星って持って帰れるんですかこころさん?」
「そんなのやって見なきゃ分からないわ。やる前から諦めちゃダメよ」
それは彼女の口癖のようなもので、そういえばコントのようにいつも付き合ってるな私、と思う。同時に、何故か正直な話、彼女に対してはその度に期待感が大なり小なり湧き出てくる。そういうところなんだろうか。
「それじゃあ、流れ星を探しに出発よ!」
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「5分もせず着いちゃったね......目的地......」宛てが外れたような、ホッとしたような声で花音さんは言った。
「こんなすぐに着くと思わなかった」
「見てみてこころん!二つも滝が流れてるよ!」
「ホントね!とても水がキレイだし、素敵なトコロね!」
「本当に龍のようだね。二又に別れている滝がまるで髭、真ん中の岩が頭のように見えるよ。美しく儚い、いい場所だ......」
「本当に綺麗だね美咲ちゃん」
「3バカも喜んでるみたいで何よりですよ」
でも確かにさっきの事なんかどうでもよくなるくらいに、美しいというか、癒されるというか、パワースポットって言うんだろうか、神秘的な落ち着きを与えてくれる場所だ。
「えいっ!」
「やったわねはぐみ!え〜〜いっ!!!」
「あぁ、なんて儚いんだ......」
「あ〜あ、もうこころとはぐみは水をかけあってビショビショだし、薫さんは浅瀬でバレエ踊ってビショビショになってるよ。元気だなあ」
「ふえぇぇぇ......薫さんカッコイイよぉ......」
「花音さん、パワースポットの力受け過ぎてません?」
「美咲!花音!あなたたちもこっちへ来なさい!楽しいわよ!」
「いや着替えとか持ってきてないし......」
「え〜〜いっ!!!」
「ひゃあっ!」
「冷たっ!」
「ボーっとしてるからよ2人とも!」
「えいっ!」
「ふえぇぇぇ!」
「あー冷たい!はぐみまで......」
「2人ともボーっとしてるからだよー!」
「......」
「あら、黙り込んじゃってどうしたの美咲?」
「この......2バカがーーー!!!」
「きゃあっ!」
「あはっ!みーくんが怒った!めずらし〜!逃げろ逃げろ〜!!!」
「とことんやってやるからなーーー!!!おりゃーーーー!!!」
「きゃあっ!やれば出来るじゃない!負けないわよ!」
「勝ち負けの問題か〜!!おりゃーーーー!!!」
「わーい!!!逃げろ逃げろー!!!」
「待てーーー!!!」
「私は逃げないわ!」
「上等だーーー!!!」
「あぁ、弾ける水しぶき、踊り狂う私達。なんて儚く、美しいんだ......」
「ふえぇぇ......冷たいけどカッコイイよぉ......」
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ぱちぱち、と火のはじける音を聴くのは何時ぶりだろう。小さい頃を思い出しても、どれが最初でどれが最後の思い出なのか分からなかった。
結局はいつも通り黒服さんが焚き火も着替えもそれぞれ用意してくれていた。当たり前みたいになってるけど、彼女達の気のきかせ方とその献身ぶりにはいつも驚くしかない。
「楽しかったわね水遊び」
「うん!はぐみもとーーーっても楽しかった!!!」
「......正直、こんなにはしゃいだのも久しぶりだったから、楽しかった」心からの言葉だった。こんなにはしゃいだ記憶も遠くにしかない。
「美咲があんなにはしゃぐなんてびっくりしたわ!これで私達は同じ穴のムジナね!」
「言葉の使い方間違ってるよこころ......」
「まあまあ、みんなそれぞれ楽しめたみたいで良かったじゃないか」
「そういえば、そろそろ日も暮れるみたいだけど、流れ星ってどこで見つけるのかなあ........こころちゃんは知ってる?」花音さんがシンプルかつ核心の質問をぶつける。
「空はこんなに広いのよ。待っていれば向こうから降って来るんじゃないかしら?」
「だけどこんなに茂みだらけじゃ見つけにくいし、はぐみでも走って追いかけにくいよ」
「キャッチする気なんだ........」
「ご心配なく。ここから5分程移動すれば開けた場所、『戦ヶ原』という所があります。懐中電灯なども人数分用意しております。ご案内致します」さっきからメチャクチャ目的地が近い。黒服さんでプランは完璧に立ててあるのだろう。
「じゃあそこに向かうわよみんな!必ず流れ星を持って帰りましょう!ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ!!」
「ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーーイ!!」
「......ホントに3人とも底なしに元気だな」
「私達もついていけるようになっちゃったね......」
「ハハ......確かに」
「私は流れ星を捕らえる為の秘密兵器を用意しておくから、みんな先に行っておいてくれないかい?」そう言い出したのは薫さんだった。この人が事前に秘密兵器なんか用意しとく人だろうか......?
「秘密兵器!?なんかカッコ良さそう!!はぐみも秘密兵器に負けないぞ!」
「じゃあ薫の言う通り、私達で先に行きましょう」
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あっという間に空は暗くなり始め、宝石みたいに星が散りばめられていた。バスにずっと乗っていたせいか気づかなかったけど、ここはもう標高が1300mもあるらしい。人生でこんな高い山に来たのは初めてだ。そしてこの標高に、こんな開けた野原があるのも知らなかった。こころと、ハロハピのみんなといるといつもこんな体験が待ってる。
「さあ、星が出て来たわよ!頑張って流れ星を捕まえましょう!」
「そんな都合よくすぐに流れ星が来る訳が......」
「あ、流れ星!!」
「え」
「あっちに行ったよ!はぐみ、走って捕まえて来る!重たいと運べないから花音ちゃん先輩も着いてきて!」
「へぇっ!?わ......分かったはぐみちゃん!」
「私も行くわはぐみ、花音!」
「ちょ、ちょっと」そう言ってる内に、3人とも向こうへ駆け出してしまった。
「やれやれ、何とも慌ただしい仔猫ちゃん達だ......」
「うわっ薫さんいつの間に。てかその重たそうな荷物は何ですか」
「ああ、これこそ秘密兵器、高性能のビデオカメラさ。麻弥に言って用意して貰ったんだ。演劇を撮る時に使うんだが、彼女は知ってのとおりこういった機械にこだわるのでね。これで、この満点の美しい星空を全て写し盗んでしまおうと言う訳さ」
「うわっ薫さんにしては気が利く......」
「私は何時だって気が利くよ。じゃあ、私は絶好のスポットを探しに行ってくるよ」
そう言って薫さんは優雅にカメラを抱えて行ってしまった。
(急に一人になっちゃったな......それにしても星キレーだなー。こんなキレイな星空見たこと無かった......)
仰向けに寝そべってみる。プラネタリウムなんて話にならないくらいのスケール。どこまでも輝く星は続いていた。
(今日は良かったな......あんなにはしゃいで、たくさんの久しぶりを体験して、人生で見たこともない星空を見られて......ハロー、ハッピーワールドって感じだな......なんて......)
「美咲ーーーーーー!」
「うわびっくりした!なに......どうしたの?」
「美咲、私ね、結婚することになったの!」
「......え?」
「思い出したから伝えておかなくちゃと思って!それじゃあ私はまた流れ星を探しに行ってくるわ!」
「え......?ちょ、こころ!!」
また、流れ星が流れる。何かを願おうとしたけど、それが形になる前に、あっという間に、こころと一緒に遠くへ行ってしまった。